昨日の夜ごはんは何を食べた?

誰だっけな、聞いた話ではあったけど誰かが誰かに昨日何食べた?と聞いたら一番星を食べたよ、ほら今日見えないじゃん(大雨)みたいなものを思い出した「月が綺麗ですね」につながるキモチワルサを感じてオレはこんなこと言えないだろうな、でも言えないから生まれる嫉妬心もついでにひょこっと出てきた。正直夢十夜があの人の作品ならオススメかな相手のことを知らない今みたいな状況だったら。最近めったに見ない夢を見るとスマホを落とす夢だなそういえば

一番星=宵の明星であり金星らしい。今まで知らなかったしもしかしたら夜中に北極星を見つけて一番星と言っていたかも、いや言ったわ土手で寝転がりながら。北極星は二等星らしいよ。金星って太陽と月の次に明るいからまあわかる"一番”、でも南極星はあるか調べてないけど北極星のほうが実質認知度勢力図としては圧倒的なわけで、なのに実際のところ二等星であんまり見えないし、間違えられるその名前の一人歩きが少しかわいそうに思った

一番じゃなきゃダメなのか すべての世界でそれはまかり通る道義ではないだろうけど多分今味わっている世界では一番じゃないとダメだった。本心から一番と思ってなくてもいい、ただその一番という結果であり事実はいくらかこの温度差みたいなものをきっと和らげてくれる。恋愛なんてその時そのときの温度差で共鳴したり傷つきあったりするものなのかもしれない。だからこそ一番になりたかった。一番という土台が無くなった今、自分の中で渦巻くことばが好きな人への支えになるのか、重荷になるのか、もう全く分からなくなっておいしく盛り付けられた食事やせっかく完成したレゴブロックを壊したくなるあの衝動がぐるぐるおなかを回っているおかげで空腹を感じなくなった。これだけ書いても、なんて返信をすれば全くわからないんだ。自分が選んだものが正解なだけだよと昔言った言葉がこんなところでも踵を帰してきて、相手を通して自分のことしか考えてなかったんじゃないかって変な気持ち悪さもでてきた。

 

だましだまし歩いて行っても、頭にできたものを文字にしたら思い出した この言葉歌詞だったね。汽車は僕の頭上空高く走っていく どこへ行くのかな。だましだまし歩いて行ってもなにも、何も無い。何も無いことを知ってるけどもしかしたらというまたなにもないただ希望という概念に憧れていくのはもう辞めよう。くやしいな、こんなものがこの空の下にははいて捨てるほど生まれて消えていったのだろう、全く自分だけがという思いは身勝手で最悪の皮肉として返ってくる。だから生まれてきたものはある、自分を信じて自分と向き合って創り出すもの、読んだ直後だから。ハチミツとクローバーにとても勇気づけられた。自分だけじゃないんだってすごく思わされたから。一過性のもので共通のものだったんだなって、悲しくもうれしくもあって泣いた。

 

今は、あまりなにも考えずに生きようと思う。本当に何も考えないし、考えないからその時、ときの好きな時好きな場所好きなことに従っていく。友達には迷惑かけるかもなぁ、ここで謝っても...ですが何卒